職人の独り言、五

 

 

 俺ね、イタリアに住む知人がいるんだよ。その人ね、イタリアで革の流通の仕事しているの。俺にはさ、昔から、イタリアの革っていうのが好きだったからね。エアロコンセプトにイタリアの革使いたいって想っているうちに知り合ったんだよ。それでね、その人イタリアに住んでいるんだけどね、その人からの縁で凄い話が舞い込んできたんだよ。何だと思う? それがルイ・ヴィトンからのオファーだったんだよ。ルイ・ヴィトンの方がエアロコンセプトのこと気に入っちゃったの。クラフトマンシップがいいって。細部まで作り込まれたその精巧さを見て、ひどく気に入っちゃったみたいだよね。それに、職人がつくったものが、そのまま形になっているっていう点も気に入っていたみたいだね。俺にだって、ルイ・ヴィトンなんて言ったらさ、雲の上の存在だったんだよ。だって、あのブランドは、昔は本当に職人さんがつくっていうブランドだったろ? 俺なんかだってさ、場違いだったのかもわからないけど、お店の中に入ったら、本当に欲しくなっちゃうようなさ、そんなものだらけだったんだからさ。でも、こんな凄い話があがっても、俺、断っちゃったんだよな。何でかって言ったらね、エアロコンセプトとルイ・ヴィトンって言ったらさ、どう考えたってルイ・ヴィトンの方が大きいだろ。そのルイ・ヴィトンのラインナップのひとつとしてエアロコンセプトを扱われたら、エアロコンセプトじゃなくなっちゃうじゃないか。まあ、普通に考えれば、素晴らしいオファーなのだろうけどね。なんたって相手は、世界中の誰もが知っている老舗の超有名ブランドなんだ。それに対して、エアロコンセプトなんて、ほとんど無名に近いような生まれたての存在だもんな。そう考えてみりゃ、ルイ・ヴィトンとの話は、夢のコラボレーションに見えるんだろ。いや、元々、オレもルイ・ヴィトンのファンなんだよ。でも、やっぱり、このエアロコンセプトにヴィトンの革が張られるのは嫌だったんだ。そしたらね、モノヅクリに関しては素人の俺の娘が、こう言ったんだよ。「わたし、憧れて、お婆ちゃんにせがんで、ルイ・ヴィトンのお財布買ってもらって、昨晩は随分喜んだんだけど、よく見てみたら、お父さんがつくっているものみたいにはよく出来たものじゃあないんだね」って。別に娘に言われたからってわけじゃないんだけどね。俺、この話あっさりと断っちゃったんだ。まあ、俺の工場を手伝ってもらっていた会計士からは、心底呆れられたけどな。工場の経営が良いときならまだしも、ずっと綱渡りのような経営を続けるなかでの決断だったしさ。まあ、開いた口が塞がらなかったみたいだよ。でも、俺、自分のモノづくりの感覚から反したものとは一緒に仕事したくないからさ。でも、こういう話はこれだけじゃなかったんだよ。

 

 次に受けたオファーっていうのはね、とある車メーカーの話なんだ。とあると言っても、日本では一番大きな自動車メーカー、トヨタってあるだろ。この自動車メーカーがさ、日本の技術の粋を集めて高級自動車のブランドをつくるって言うんだ。今じゃ、ちょっと昔の話になっちゃうけど、聞いたことあるだろ? あいつらがやっている、レクサスって、ブランドだよ。あのニュースは、当時、日本を駆け巡ったもんな。元々、日本の自動車メーカーってのは、本当に凄い技術を切磋琢磨してきたんだよ。トヨタだって、その昔、2000GTっていう凄い車つくったりしてんだからさ。技術力も高いし、それはそれは、職人魂の塊みたいな個性的な車だったんだよな。でも、これは時代の流れなんだろうけどさ、大量生産主義を徹底的に導入したろ? 安くてそこそこの品質の車はつくれると思うけどな、職人の精神が宿る車っていうのは難しいと思うんだよな。だから、彼らが「職人だ、匠のだ」なんて言いはじめたって、それはきっと市場の声から逆算してやったことだろ。誰かがつくりたくてつくってるものじゃあねぇよな。そんな手法を駆使してつくったものが、面白いはずはねぇんだ。そういうブランドと、俺のエアロコンセプトを一緒になんてされたくないんだよ。それでトヨタのレクサスが考えていたことってさ、レクサスの成約者に贈るプレゼントとして、俺がつくった鞄をあげようというアイディアだったんだよ。ポルシェだったらまだしもさ、ビジネスマンのつくった車のノベルティだなんて、俺、嫌なんだよ。

 

 効率、便利、合理性という言葉をズラリと並べたような自動車製造の方式は、俺が目指すモノづくりとは正反対のものだよ。だから、言ってみたら、最初から肚は決まっていたんだよ。でも、彼らに会って余計にその想いは強くなったよ。はじめて、この自動車会社の社員が、俺の町工場を訪れたときだって、最初から威丈高だったからな。一応、ビジネスマンらしく丁寧な言葉は使ってくれていたんだよ。でも、まるで、はじめっからエアロコンセプトは断るはずがないとでも言うかのように、「ウチが発注する場合は、この穴はいらない」とかなんとか言っていたからね。俺の頭の中には、さて、どうやって失礼にならないように断ろうか、と断り文句がまわっていただけだったんだけどね。でもさ、それで俺は言ってやったんだよ。「あのね、申し訳ないんだけどね。オレは、この鞄づくりを自分の楽しみとしてやっているんだよね。だから、本業の合間に少ししかつくれないんだ。だから、断らせていただきますよ」ってね。優しくオブラートに包んで伝えたの。でも、まあ、失礼にならないように、はっきり言ってやれたから、ひと安心していたんだよ。だって、もう断り文句を考えなくても良くなったんだからね。ところがさ、相手もしぶといんだ。日本で一番の大企業がちっぽけな町工場に袖にされたとあっては、顔が立たないだろ。そしたらね、あいつら次を送り込んでくるんだよ。肩書きっていうの? あの位がひとつ上の担当をね。それで、また同じ話をするんだ。面倒だけど、俺は、また丁寧に断ったんだよね。そういうことが、2度位あったかな。そしたら、遂には、トヨタの車を売らせたら右に出る者はいないという、名古屋あたりじゃとても有名なディーラー一家が出てきちゃったんだよな。それでまた同じ話を繰り返して、こう言うんだ。「(日本一の企業である)ウチとあんたの町工場はアイデンティティが同じなんだ」ってさ。大企業と零細企業を並列に並べて、「アイデンティティ」と言われたら、普通、自尊心くすぐられちゃうよな。普通ならコロリといってしまうよ。でも、相手が悪いっていうか、相手がただの職人の俺だったからね。心は、微動だにしないどころかさ、逆に本当のことを言わなくちゃいけなくなっちゃったんだよね。「長引かせてちゃって申し訳なかったんだけど、本当は、僕は、最初っから断るつもりだったんですよ。何故かって言ったら、そのあなた方の言うアイデンティティというのが、エアロコンセプトのアイデンティティと正反対のものだからです。わたしはつくりたいものをつくりたくて、こだわって、心を込めて少量生産のモノづくりをしているんです。でも、あなたのところは違うでしょ? アイデンティティの象徴である自社ビルをテナント貸しして、他のブランドを平然と入れたりしちゃうでしょ?」ってね。これは、やっぱり常識に外れた答えなのかね。でも、どっちが本当の常識なのかって話なんだけどさ。まあ、俺は、そういう言いたいことを全部言っちゃったんだよね。